「復興」のその先へ。福島県富岡町を訪ねました
2026年7月、品川区が実施するワーケーション事業の機会をいただき、中学生の子どもとともに、福島県富岡町で3日間を過ごしました。
富岡町には、福島第二原子力発電所があります。
令和8年7月1日現在の富岡町の人口は、5,678世帯・10,869人。一方、震災前の人口は6,302世帯・15,830人です。
この数字だけを見ると、「震災前の人口の9割近くまで戻ってきている」と感じるかもしれません。
ところが、実際に現在、町内で暮らしている人は1,975世帯・2,824人。住民登録上の人口と、実際に町で暮らしている人の数には、大きな開きがあります。
その背景には、東日本大震災と原子力災害による避難があります。「原発避難者特例法」により、避難先に住民票を移さず、元の市町村に住民票を残したまま避難することができるためです。

富岡町役場の地域創生課・とみおか暮らし推進係の大和田侑希さんに案内していただき、町内のさまざまな場所を訪れました。
滞在したホテル「蓬人館(ほうじんかん)」には、作業員らしき方々が多く宿泊していたため、「何の作業をしている方なのだろう?」と不思議に思っていました。大和田さんによると、原発の廃炉・維持管理や地域の公共工事、除染・家屋解体など、さまざまな復興関連の作業に従事する方々が宿泊しているとのことでした。
町内を案内していただく途中には、道路などで除染作業が行われている様子も目にしました。除染作業はピークを越えており、頻度は高くないものの、現在も続いているそうです。
震災から15年が経った今も、こうした作業が続いていることに、あらためて驚きました。
ここからは、今回の滞在で実際に訪れた場所と、そこで見たものをご紹介します。
とみおかアーカイブ・ミュージアム
訪れた場所の一つが、とみおかアーカイブ・ミュージアムです。富岡町の歴史や、震災・原子力災害によって地域がどのように変化したのかを伝えるための施設です(見学は無料)。
この写真のように、実際にあった歩道橋と横断幕が、そのまま展示されていました。横断幕の文字は「富岡は負けん!」。「負けるな!」でも「頑張れ!」でも「勝て!」でもなく、「負けん!」――自分を鼓舞する言葉に、私は泣きそうになりました。

また、「津波に流されたパトカー」が、震災遺産として展示されていました。津波の猛威の前には、車体もひとたまりもなかったことがわかります。
説明板には、避難誘導中に津波に巻き込まれた2人の警察官について記されています。


入館してすぐの場所に飾られていたのは、映画『Fukushima 50』(フクシマ フィフティ)を題材に、俳優の佐藤浩市さん、渡辺謙さん、そして町のシンボルである夜の森地区の桜並木を描いたものです。

最初、「写真を絵画ふうにしたアート?」と思いましたが、なんとチョークで描かれた黒板アートでした。
会津学鳳高校の美術部の生徒さんが描き、町へ寄贈したものだそうです。
富岡町図書館
続いて訪れたのは、アーカイブ・ミュージアムからほど近い富岡町図書館です。
蔵書に視聴覚資料などを加えた資料数は、約11万点。地域の図書館としては、とても充実した蔵書を備えています。
そして、曲線とガラス張りが美しい瀟洒なデザイン。こんなおしゃれな図書館があるんですね。


ガラス張りの窓の外には緑が広がり、広々とした美しい空間の館内は、居心地のよさも抜群でした。
図書館では、子どもは勉強を、私はお仕事タイムを。親子それぞれに、思い思いの時間を過ごしました。

とみおかワーキングベース
次に訪れたのは、とみおかワーキングベースです。富岡町が復興・地域課題の解決に向けたオープンイノベーションの拠点として整備した施設で、2023年9月に開所しました。
こちらでは、企画課・電算システム管理係兼企画政策係の櫛田佳敬さんからお話をうかがいました。
地域課題に取り組む大企業とスタートアップの連携(マッチング)や「ハンズオン(伴走)支援」などに取り組んでいるそうです。
まずは、1階のコワーキングスペースへ。1日1000円でドロップイン(一時利用)も可能。

1階には、ウェルネスセンターという畳の部屋もあります。

2階は、このような専用個室があります。

おわりに
2021年、JR常磐線が全線で運転再開した翌年に、子どもと一緒に初めて富岡町を訪れました。その後、2023年にも訪れています。
私にとって富岡町は、「震災と原子力災害から復興を続けている町」というイメージがありました。
2026年にうかがうと、震災から15年が経った今も除染作業が続いている一方で、学校があり、図書館があり、商業施設があり、そして新しくこの町で暮らし始める人もいます。
復興とは、震災前の町に戻ることだけではないのかもしれません。
新しく暮らし始める人がいて、外から仕事で訪れる人がいて、コワーキングスペースを通じて地域と新たにつながる人がいる。そうした一つひとつのつながりが、これからの富岡町をつくっていくのではないか。今回の滞在を通じて、そんなことを考えました。
これから富岡町がどんな町になっていくのか。また子どもと一緒に訪れ、その変化を見てみたいと思います。
投稿者プロフィール

- 「バトン社」の広報担当兼編集者です










